pepperがうまくいくわけがない理由 – ウザさの谷 –

【衝撃】孫正義に詰められていたPepper開発リーダー林要さんがソフトバンクを退職

 

この話題を見て、思ったことを書いてみる。とりとめもない長文だけれど。

 

■そもそもデザインが…。

 

pepperは、フランスのアルデバラン社がデザインした製品であり、そもそも日本の市場の美的センスからは大きくかけ離れていて、「よそから輸入した」感が強い。

 

■「人間型」である必要があるのだろうか

 

個人的には、「そもそもロボットって人間の形状をしている必要はないのでは?」と思っている。

 

・そうまでして、垂直に自立する必要があるのか? (技術的にも面倒だし、まして他のロボットも二足歩行する必要はないと思う)

 

・そもそも「顔」を用意する必要があるのか?
   (人は人間の顔を観察する能力だけは非常に高いため、却って不自然&違和感を感じたり、クオリティが低く感じられてしまうのでは)

 

工場の生産ラインにある、腕だけの形をしたマシンだって広義のロボットだし(工場の仲間が愛着を感じて名前をつけている、みたいなエピソードも耳にする)、ルンバなども同様に、ペットのような感覚を抱いている人もけっこういると思う。

 

実体を伴っていなくても、それこそiPhoneに入っている、音声応答機能の「siri」だって、うっすらと人格的なものを感じる、という点では、充分にロボット的な認識をされていると思うし、amazonでモノを購入したときなどに提示してくる、おすすめ商品の機能にだって、あたかも店員さんのようなキャラクターをイメージしている人も多いと思う。

 

■(愛玩の対象としての)他のロボットたち

 

pepperに近いところでは、高橋智隆氏のやってる
ROBO GARAGE | ロボ・ガレージ
などは、けっこう成功していると思う。

 

こういった「愛玩用」としての、決して「実用性」を求めないペットのような存在くらいが、一番開発コストや「期待されるクオリティ」を「愛嬌」として許容できる範囲として、無難なところなのかな、と思う。
もともと「AIBO」が成功したのも、その落としどころが「ペットロボット」だったからだろうな、と思う。

 

犬型ロボット「AIBO」の合同葬儀… 動かなくなったAIBOの第二の道って? – NAVER まとめ

 

死ぬなんて思ってなかった…AIBOの寿命問題が切ない – NAVER まとめ

 

こんな感情移入がされているあたり、きちんと「溶け込んでいる」のがわかる。

 

■ロボットは「実用性」&「人間に近づける」と失敗するのでは ?(やはり不気味の谷? あるいはサルに感じるウザさ)

 

これはどういうことかと言うと、ロボットは、ペットロボットや、あくまでも人間とは異質なロボットとして製作するするぶんにはいいが、実用性を求めたり、人間と同等の要素を実装しようとすると失敗する、ということなのではないかな、と思う。

 

要するに、「ほらほら人格だよー人工知能だよー個性あるでしょー学習するでしょーアタマいいでしょー?」
とやっても、強すぎる香水と同じで、むしろそのあざとさに嫌悪感すら抱く人が多いのではないか。
人々がpepperに抱いた「うわウザっ…!」っていう感覚も、まさにそれなのだと思う。

 

不気味の谷、とも少し違うが、人間がサルを見た時に感じる「アタマが良さげな分だけ、かえってウザさが増す」、という、一番不快な立ち位置にpepperはハマッてしまっていると思う。

 

さしずめ「ウザさの谷」というのもあるのだろう、と思う。

 

■ロボットが自ら個性とかを前に出すべきではないのかも

 

前述のAIBOやルンバと同様、「はやぶさ」の帰還に落涙する人が数多くいたように、仕事で使うロボットに「アルフォンス」とか名前をつける警察官がいるように(泉野明巡査は実在はしないが)、「人間は勝手に機械にも人格のようなものを見出して感情移入する」のだろう、と思う。

 

はやぶさ帰還

 

はやぶさ 感動をありがとう!

 

【MMD-PV】Starduster 「はやぶさ」~はじめてのおつかい [HD720p]

 

というか、(ごく一部の人が描いたものだとしても)この↓常軌を逸した感情移入ぶりを見ていると、やはりpepperが「向かうべきではない方向に向かってしまった」のがわかる気がする。

 

はやぶさ 擬人化

 

■エンターテイメント分野の場合、ロボットより人間のほうがローコストでハイクオリティ、という逆ザヤ現象

 

製造業や単純作業、機械的な労働の現場では「人間より機械のほうがミスもなくコストも安い」ということが多々あるけれど、エンターテイメントの分野をロボットにやらせようとすると、必ず、
・クオリティ
・開発とランニングコスト
の二点において、「人間」を楽しむほうが「ハイクオリティでローコスト」になってくる、と思う。

 

■「人間観察」がエンターテイメントとして機能する例 (ネガティブなものも含めて)

 

ドローン少年 ノエル逮捕の背後で暗躍する“囲い”と呼ばれるニコニコ生放送の闇について – NAVER まとめ

 

「御開帳」の善光寺にドローン落下 15歳少年が飛ばす:朝日新聞デジタルhttp://www.asahi.com/articles/ASH595CYRH59UOOB00G.html

 

この事件が起きた時に、ネット上の「出資者」たちが、決して安くはないドローンや配信のための資金を少年に「寄付」していた、という事実を、「どうしてそんなことをするやつがいるんだ?」と疑問に思った人も少なくはないのかもしれないが、これも「人間に金銭的出資をして、どうなるか見て楽しむ」という心理が作用しているのだと思う。

 

もっとひどい例で言うと…。
2013年7月に山口県の周南市で起きた、5人が殺害される殺人事件が起きた。↓

 

「つけびして 煙り喜ぶ 田舎者 かつを」

 

【つけびして煙り喜ぶ田舎者】山口 周南5人殺害 死刑判決【かつを】 – Togetterまとめ

 

山口連続殺人放火事件

 

娯楽のない田舎や、外界から閉ざされた学校や企業、組織などでは、「タコの足食い」に近いような「人間関係の共食い」状態が起きるが、これもまた、不毛ではあるけれど「人間が人間を観察して楽しむ」行為だ。

 

つまり、人間や人間関係というものは、ごく原始的でありながら、強力な娯楽になりうるのだ。
女子の群れが喫茶店やファミレスで、「人間関係の話題」でとめどなく話ができるのも、それに起因している、といえる。
近年のかなりのゲームがオンラインゲームにシフトしているのも同じだ。
機械のフローチャートで作った世界より「膨大な人間の作った人間模様」のほうがはるかに自然で恒久的な娯楽になりうる。

 

そもそもtwitterやLINEが、技術的サービスで言えば驚くほど原始的なものでありながら、これほどまでに伝播しているのも、同じ要因だと思う。

 

■ロボットはペットの代替物になれど、人間の代替物にはなら(なれ)ない

 

ロボットが人間の代替物になる(なれる)ことはないのではないか、と思う。
・技術的にむずかしい(=表情、受け答えパターン、総合的な人格等、いくらがんばってもクオリティが低いか、アラが目立ってしまう)
・そもそも需要がない(人は率先してロボットとコミュニケーションを取ろうと思ったり、ロボットに癒してもらおうとは思わない)
のだと思う。

 

もしそれが成立するとしたら、

 

・外界や他者への観察眼がすごく雑なユーザー
・容姿や肉体だけを求める、リアルドールのような性的な目的のもの

 

というような状況でしか成立しにくいと思う。

 

■「クオリティが高くなるにつれて却ってアラが目立つ」現象

 

このへんはゲームとかでも「昔はドット絵だったから詳細を想像しながらゲームをできたけど、フルポリゴンになって高画質になってくると、何をするシーンでもキャラが無表情だったり、夜になっても家の前で無言で突っ立ってる村人NPCがなんか気持ち悪い」という現象に似ている。

 

「現実」の「人間」の代替物として作れば作るほど、人々はその「アラ」に気づいてしまうと思う。

 

そしてそれを技術的に補おうとすると、果てしなく描画や思考のフローチャートの作業量が増え、ハードもそれを受け止められなくなるし、工期もコストも膨れ上がっていく。
そうしているうちに「人間」の値段のほうが安くなってくる…という逆転が生まれるのだ。

 

■「人間観察」エンターテイメントを見直すべき (市井の人々のドキュメント番組)

 

昔からあるにはあったけど、最近とみに「有名なわけでもない、市井の人々にインタビューするテレビ番組」が増えている気がする。

 

ドキュメント72時間 – NHK

 

あなたが主役 50ボイス – NHK

 

鶴瓶の家族に乾杯 – NHK

 

Youは何しに日本へ?:テレビ東京

 

世界ナゼそこに?日本人~知られざる波瀾万丈伝~:テレビ東京

 

世界で働くお父さん | テレビ東京

 

いずれも、決して有名な人ではない、そのへんにいそうな、駅や街ですれ違っていても何も思わないような市井(しせい)の人たちだ。

 

これらの番組は、ネット上にも数多く動画が上がっているので、

 

特に、ドキュメント72時間などは「??72小?」と検索すると、中国などでもけっこう見られていて、国を越えて共感されているのがわかる。
bilibili動画 タグ検索

 

■まとめ ?~雑踏や隣のお客に聞き耳を~

 

今回のことをいろいろ考えていても、やはり「人間こそがリアルでクオリティの高い娯楽」である気がする。
pepperのようなロボットと会話したりするくらいだったら、駅前やファミレス、ショッピングモールや雑踏に出かけて行って、周囲の人の会話に耳を傾けるほうが、はるかに飽きのこない娯楽になる気がする。

 

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■だいたいそんな感じ ~余談~

 

そういや僕が市井与一ってペンネームを思いついたのもこのへんのことが由来だった気がする。
(数字の1141をもじったものでもあるけれど)
ネットで多種多様な人たちの発言や創作や意見が数多く見られる中で、自分とその自我を主張することの意味がかなり希薄になってきたなあ、と思った時、「自意識で行動することの意味はあまりないから、この人間模様の観察者あるいは実況者になれないものか」と思ったのだった。
ついでに言うと、「-帰省- 」っていう小説のアプリを作った時も、「連作短編」で「普通の人たちの多様な人間模様」にしようと思ったのも、「ドキュメント72時間」の影響が大きい。
「-帰省- 」 無料版
ストーリー自体はさすがに全部フィクションだけれど、できるだけ「自分じゃない」人の物語にした。

 

ってこれは完全に余談。

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