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「FURY」を見た。

個人的にクエンティン・タランティーノとかを蔑んでいる人間なので、「ナチスドイツを悪者にしてそれで済ませている映画」ではない、というところがリアルで良いとは思う。米軍がひどいことしまくり、っていう描写が多々ある。
まあブラッド・ピットの演じてるひどい上官がわりと如実に象徴的な存在にはなっている。

まあ第2次大戦はそういう戦闘が多かったよね、ってことでもあるかな。

ただ、「アメリカン・スナイパー」を見た後だと、すごく雑に感じる。
まあ描かれている時代が1940年代なので、当然といえば当然だが…。

「戦争のはらわた」とかのほうがおすすめできるかな? (邦題がひどすぎるけど)

曳光弾とかのビジュアルはかっこいいけど…。土に当たった弾丸が跳弾になるかな? とか、けっこう疑問。動くtigerIは出てきたけど、こういう時コマンダー(車長)は中に入らなかったのかな?

あ、あと、戦車戦ってこういうものだ、っていう描写はすごく重要。
戦車ものの学園アニメとかほんと論外なので。(あとWoTで勝率が50パー切ってるやつも論外)

「主要キャラクターだけはなぜか銃撃戦でなかなか撃たれない」「撃たれまくった人がよく喋る」「死体が原型をとどめすぎ」問題がここにもある…。
最後のドラマチックさは、ストーリーとしてはアリだけど、リアル(=現実的)かどうかは、うーん。

「アメリカン・スナイパー」とはかなり温度もニュアンスも違うけれど、「不毛さ」を如実に描いている映画だと思う。
ただこれを誤解してしまう人もけっこういるだろうなあ。タイトルの「FURY」の向ける先は「戦争」に対してすべきなわけで、この映画もそういう意図で作られたとは思うが、それこそクエンティン・タランティーノとかが好きな人とかは、「わかりやすい人的な敵視」をしてしまいそうだ…。
あと、ナチスドイツを批判するなら、そこまでドイツを追い詰めた第一次大戦のフランスの悪辣さも批判されないといけないわけで…。

第一次世界大戦ドイツ賠償金の支払い完了
http://blogs.yahoo.co.jp/bontaka1/17569128.html

なぜあの時、世界大戦へと突入したのか?今、ざっくり読んでおきたい世界経済史 第3回
http://diamond.jp/articles/-/60474

ドイツでナチスが台頭したのはフランスが第一次世界大戦で桁外れの賠償金をドイツに要求したからでしょうか?
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1062690180
ちょうど数日前にパリでテロが起きたばかりでもあり、いろいろと考えさせられるなあ。

「アメリカン・スナイパー」を見た

戦場の緊張感に取り憑かれてしまう、って点では、「ハート・ロッカー」や、日本の漫画の「エリア88」にも通じるかもしれない。
せっかく退役したのに、また戦場に戻ってしまう、ってあたりが。
あとは「ディア・ハンター」もあったな。日常生活に戻れなくなってしまうところが。

不毛さ、って点では「ブラックホーク・ダウン」「ジャーヘッド」「フルメタル・ジャケット」とかもあるなあ。
いわば「勇敢さって意味ないよね」系。

あと「ゼロ・ダーク・サーティ」もあるか。あれも徒労感がすごい。

もちろんクリント・イーストウッドが監督した、って点も重要なんだろうけど、あんまこの映画では個性は前に出ていない感じ。

まあイラク戦争にまつわる不毛さを描いた、って点では新しいし、グローバルホークとかの無人偵察機も出てきたりして、撮影される必要もあったんだろうけど、描こうとしているテーマはいつの時代の映画も同じかも。

イラク戦争自体の不毛さは「華氏911」「ビン・ラディンを探せ!」なんかを見てもいいし。

そういう意味では、これらの映画を見ていれば、「あまり新鮮味はない」映画に見えちゃうかもなあ。

まあ「グラン・トリノ」しかり、「アメリカの男らしさ」の象徴でもあったクリント・イーストウッドが、「アメリカの幻想にはびこる勇敢さって愚かで無意味じゃないか?」ってテーマの映画を撮ることには、すごく意味があると思う。

ただ最後はどうなんだろう。
実在するモデル、クリス・カイルの実際の追悼映像を入れることによって、賞賛するニュアンスで終わってしまっているところが。

wikipedia クリス・カイル

まあ本人も、「頭のおかしくなった退役軍人に射殺された」って点では、なんか皮肉なブーメランという感じがする。
エリア88の「ベンディッツ・レポート」って回を思い出す。

ハート・ロッカー

エリア88 新谷 かおる

ディア・ハンター

ブラックホーク・ダウン

「ジャーヘッド」
http://www.amazon.co.jp/dp/B00HNY02TA/

「フルメタル・ジャケット」
http://www.amazon.co.jp/dp/B013UO2N70/

「ゼロ・ダーク・サーティ」
http://www.amazon.co.jp/dp/B00JHTVFK4/

「華氏911」
http://www.amazon.co.jp/dp/B0001X9D68/

ビン・ラディンを探せ! ~スパーロックがテロ最前線に突撃!~
http://www.amazon.co.jp/dp/B004BR3LUE/

「グラン・トリノ」
http://www.amazon.co.jp/dp/B001V9KBSA/

「ゴーン・ガール」を見た。

はじめは「チェンジリング」な「アメリカン・ビューティー」? と思って見始めた。
瞬間的には「ショーシャンクの空に」でもあるなあ。共感できないけど。
「レボリューショナリーロード」や「八日目の蝉」でもあるんだよなあ。
きちがいなおばさんの話。

「マスメディアの勝手な報道に右往左往する」って点では「マッド・シティ」にも通じる。

まあでもエスカレートの仕方が異常すぎてリアルな話には感じられないかな…。

まあ「夫婦間ホラー」って点では島尾敏雄の「死の棘」とかも形式が近いかも?
日本ではこういう展開にはならないだろうなあ。日本は一夫一婦制度に対する意識とかも地域や世代によって違うし、何よりアメリカと違って、宗教的に確立された価値観ではないので。

結末としては
「頭おかしいでしょ」な話って点では「アメリカン・ビューティー」だし、「Mr.&Mrs. スミス」か。
「ステップフォード・ワイフ」にも似てるかもなあ。
つまり「アメリカの一夫一婦制の幻想には無理があり、それを維持しようとする狂気」なんだよねえ。
つまり、おかしいのはこの二人だけではなくて、「アメリカの倫理観もおかしいよね?」っていう結末。

チェンジリング

アメリカン・ビューティー

ショーシャンクの空に

レボリューショナリー・ロード 燃え尽きるまで

八日目の蝉

マッド・シティ

島尾敏雄の「死の棘」
http://www.amazon.co.jp/dp/B00FW65LB0/

Mr.&Mrs. スミス
http://www.amazon.co.jp/dp/B0038OAORO/

ステップフォード・ワイフ
http://www.amazon.co.jp/dp/B00081U4IO/

「まんが日本昔ばなし〜データベース〜」がすごい

これもすごいな、と思ったのでメモ。

「こんな話無かったっけ……」な時に超役立つ、まんが日本昔ばなしのデータベースサイトがあった
http://www.jgnn.net/ls/2015/08/post-11756.html

 

まんが日本昔ばなし〜データベース〜

1975年~1994年、TBS系列で放送されたTVアニメ「まんが日本昔ばなし」の全話総まとめ、全話あらすじデータベースです。

 

「昔話法廷」がすごい -現実は全員が主人公のドラマである、ということ-

昔話法廷


が公式サイトで見られるようになっているので、見てみた。




■結論&結末を見る側に委ねている


ドラマ仕立てで始まるので、ドラマとして見ていると、この番組は、意外なタイミングで終わってしまう。
被告と原告の両方の見解や事件の概要が対話形式で説明されて、意外な事実が明るみに出て、両論併記がなされ、「さて、どうなる?」と思ったところでこの番組は終わるのだ。
ドラマにしたら「さてこれから気持ちよいすっきりとした展開が待っているんだろうな」と思うところで終わるのだ。


■今までの「先入観」をくつがえすための演出


「昔話法廷」を見ていて感じるのは、明かされてくる「双方の事情」がどちらも重く、時に「悪役」とされている方の事情のほうに共感できるくらい、というだったりする点だ。
すごくわかりやすく言うと、ちょうど「機動戦士ガンダム THE ORIGIN」を見ているような感じなのだ。
「敵」として設定されていたはずのキャラクターの、のっぴきならない事情や、過去に何があったのかの経緯の説明を知るうちに、「今回起きたこと」だけを判断してすべてをわかったような気になっていいのか? と思い始めてしまう。




■「カニと修造」理論
これは、脚本家、映画監督、スクリプト・ドクターでもある三宅隆太氏の「カニと修造」理論にも通じる。


ドラマやストーリーにおける「描写による感情移入」の手法なのだけれど、詳しくはこちらの動画でも見ていただけるとわかりやすい。


宇多丸×三宅隆太:スクリプトドクターというお仕事(「カニと修造」理論)
(42分くらいから「カニと修造」理論)


続編 宇多丸×三宅隆太「スクリプトドクターとは何か?リターンズ」


文字起こしもされているのでこちらも。
映画監督・三宅隆太が語る「スクリプト・ドクターというお仕事」(3)


〜引用ここから〜
で、例えばなんですけど一つ例を言うとですね、
日本海の沖合にタラバガニの漁をしてる漁船があるとしますよね。
そこに松岡修造が乗っているとしますね。
まぁナントカ万才みたいな取材をしてると。
漁師さんたちが「ほら、とれたてのカニだよ!食べなさい!」って言って、
「ああ、美味しそうですね!じゃあ食べましょう!」って言って
脚をバサッと切ってですね、パカッと脚を割って、
プルプルの中身をギャッと食べて「ウワーッ、美味しいですね!」って
いうのを観た時にですね。
我々はカニではなくて、松岡修造さんの方に感情移入することになりますね。
そうすると、「わー美味しそう!お腹空いた!」ってなると思うんです。
ところが、ちょっとの工夫で価値観が逆転しちゃうのはですね。
その直前のシーンに、例えば海底のシーンがあってですね。
「カニ男さんのおうち」ってのがあってですね、
そこのベビーベッドにおしゃぶりをくわえた可愛いカニが寝てるとしますね。
そこにお母さんカニがですね、「ああよく寝てるわ」なんて言って、
「あなた今日はね、結婚して1年だから、今日は早く帰ってきてね」なんてことを
奥さんのカニが言ってですね、旦那さんのカニに「いってらっしゃい!」と、
「早く帰ってくるよ!いってきます!」言ってカニのお父さんが海の方に上がっていきました。
そして・・(笑)
宇多丸
まぁでもね、ファインディング・ニモ的なことですもんね。
三宅
まぁまぁそうなんですけどね。
そうすると、次に松岡さんが美味しそうにカニをブチャ!バカッっと折って、
プルプルの中身をガブッって食べたのが、
さっきは美味しそうと思ったのに「なんてことをするんだ!!」と
〜引用ここまで〜




また「カニと修造」理論が一番手っ取り早くわかるのは、このPVかもしれない。
Ken Ishii vs FLR / SPACE INVADERS 2003
ゲームの「スペースインベーダー」における敵キャラのインベーダーの立場に立って作られているこのPVは、徴兵によって「戦わされて戦死するインベーダーと、その家族の悲哀」について最も端的でノンバーバルに語っていると思う。


マリオよ、これを見ろ! お前が踏みつけてきたクリボーにも家庭があるんだぞ!(動画あり) | コタク・ジャパン


爆風スランプにも「平和な鬼が島に桃太郎一行が侵略!」みたいな歌があった記憶が…


似たような題材では「第9地区」とか、ドキュメントの「華氏911」 がそれに当たるのかな、と思う。




■現実のドラマは刑事モノのドラマのような感じではない、ということ


刑事もののドラマ「相棒」に、ときおり感じる「終盤で、杉下右京が善悪を語るキモチ悪さ」のストレスを、この「昔話法廷」は分析してくれていると思う。
「XXだからって、あなたがYYをしていいわけではありませんよ!!」と杉下右京が激昂するシーンに、「いや、そうじゃないだろ…」と違和感を感じたことがある人も少なくないと思う。
「相棒」は数あるドラマの中でもかなりクオリティは高いほうであるとは思うけれど、回によって波があり、脚本家によっては「これどうなんだ?」と思うようなものがたまにある。


そういう、「善悪を白黒はっきりつけてしまう」キモチ悪さを、この「昔話法廷」は語ってくれているように思う。




■ひょっとしたら「歴史」についても同じことが言えるのかも…?


ちょっと話が大きくなるが、人類の過去の「歴史」を語る上でも、同じようなことが言えるのかな、とも思ったりした。関係者の双方の意見や、その「何か」が起きるまでに何があったのかを検証しないと、本当の「全体像」は見えないのかも、とも思う。
誰かが大きい声で語った「ストーリー」だけだと、全体像が意図的にはしょられている可能性があり、本当のことが知らされないままであったりするするかもしれない。


そういう意味では、クリント・イーストウッド監督の「硫黄島からの手紙」あたりも、「アメリカ人が日本人側のストーリーを描いた」って点ではこれに通じるものがあるかもしれない。


特に、戦闘行為などというような重大な出来事があった場合、その利害関係者が生きている間は、どうしてもバイアスがかからない意見や見解を語ることが難しい。
利害関係者の、「極端」で「大きい」声が次第に小さくなり、「普通の人たち」が語り始めるあたりから、ようやく全体像が見えてくる…なんてことがけっこうある。


いくつもの見方や、利害のバイアスの少ない人からの情報を総合的に集めて、いろいろと考えを巡らせる。
そして、そこから生まれる「解釈」ですら、個人差があり続け、「どれが正しい」「これは間違ってる」とは言い切れない。
それが「歴史」の持つ、重い多層性、多様性なのだと思う。




まさに「昔話法廷」の結末が「あえて語られない」のも、それを語ろうとしているのではないか、とも思う。


pepperがうまくいくわけがない理由 – ウザさの谷 –

【衝撃】孫正義に詰められていたPepper開発リーダー林要さんがソフトバンクを退職

 

この話題を見て、思ったことを書いてみる。とりとめもない長文だけれど。

 

■そもそもデザインが…。

 

pepperは、フランスのアルデバラン社がデザインした製品であり、そもそも日本の市場の美的センスからは大きくかけ離れていて、「よそから輸入した」感が強い。

 

■「人間型」である必要があるのだろうか

 

個人的には、「そもそもロボットって人間の形状をしている必要はないのでは?」と思っている。

 

・そうまでして、垂直に自立する必要があるのか? (技術的にも面倒だし、まして他のロボットも二足歩行する必要はないと思う)

 

・そもそも「顔」を用意する必要があるのか?
   (人は人間の顔を観察する能力だけは非常に高いため、却って不自然&違和感を感じたり、クオリティが低く感じられてしまうのでは)

 

工場の生産ラインにある、腕だけの形をしたマシンだって広義のロボットだし(工場の仲間が愛着を感じて名前をつけている、みたいなエピソードも耳にする)、ルンバなども同様に、ペットのような感覚を抱いている人もけっこういると思う。

 

実体を伴っていなくても、それこそiPhoneに入っている、音声応答機能の「siri」だって、うっすらと人格的なものを感じる、という点では、充分にロボット的な認識をされていると思うし、amazonでモノを購入したときなどに提示してくる、おすすめ商品の機能にだって、あたかも店員さんのようなキャラクターをイメージしている人も多いと思う。

 

■(愛玩の対象としての)他のロボットたち

 

pepperに近いところでは、高橋智隆氏のやってる
ROBO GARAGE | ロボ・ガレージ
などは、けっこう成功していると思う。

 

こういった「愛玩用」としての、決して「実用性」を求めないペットのような存在くらいが、一番開発コストや「期待されるクオリティ」を「愛嬌」として許容できる範囲として、無難なところなのかな、と思う。
もともと「AIBO」が成功したのも、その落としどころが「ペットロボット」だったからだろうな、と思う。

 

犬型ロボット「AIBO」の合同葬儀… 動かなくなったAIBOの第二の道って? – NAVER まとめ

 

死ぬなんて思ってなかった…AIBOの寿命問題が切ない – NAVER まとめ

 

こんな感情移入がされているあたり、きちんと「溶け込んでいる」のがわかる。

 

■ロボットは「実用性」&「人間に近づける」と失敗するのでは ?(やはり不気味の谷? あるいはサルに感じるウザさ)

 

これはどういうことかと言うと、ロボットは、ペットロボットや、あくまでも人間とは異質なロボットとして製作するするぶんにはいいが、実用性を求めたり、人間と同等の要素を実装しようとすると失敗する、ということなのではないかな、と思う。

 

要するに、「ほらほら人格だよー人工知能だよー個性あるでしょー学習するでしょーアタマいいでしょー?」
とやっても、強すぎる香水と同じで、むしろそのあざとさに嫌悪感すら抱く人が多いのではないか。
人々がpepperに抱いた「うわウザっ…!」っていう感覚も、まさにそれなのだと思う。

 

不気味の谷、とも少し違うが、人間がサルを見た時に感じる「アタマが良さげな分だけ、かえってウザさが増す」、という、一番不快な立ち位置にpepperはハマッてしまっていると思う。

 

さしずめ「ウザさの谷」というのもあるのだろう、と思う。

 

■ロボットが自ら個性とかを前に出すべきではないのかも

 

前述のAIBOやルンバと同様、「はやぶさ」の帰還に落涙する人が数多くいたように、仕事で使うロボットに「アルフォンス」とか名前をつける警察官がいるように(泉野明巡査は実在はしないが)、「人間は勝手に機械にも人格のようなものを見出して感情移入する」のだろう、と思う。

 

はやぶさ帰還

 

はやぶさ 感動をありがとう!

 

【MMD-PV】Starduster 「はやぶさ」~はじめてのおつかい [HD720p]

 

というか、(ごく一部の人が描いたものだとしても)この↓常軌を逸した感情移入ぶりを見ていると、やはりpepperが「向かうべきではない方向に向かってしまった」のがわかる気がする。

 

はやぶさ 擬人化

 

■エンターテイメント分野の場合、ロボットより人間のほうがローコストでハイクオリティ、という逆ザヤ現象

 

製造業や単純作業、機械的な労働の現場では「人間より機械のほうがミスもなくコストも安い」ということが多々あるけれど、エンターテイメントの分野をロボットにやらせようとすると、必ず、
・クオリティ
・開発とランニングコスト
の二点において、「人間」を楽しむほうが「ハイクオリティでローコスト」になってくる、と思う。

 

■「人間観察」がエンターテイメントとして機能する例 (ネガティブなものも含めて)

 

ドローン少年 ノエル逮捕の背後で暗躍する“囲い”と呼ばれるニコニコ生放送の闇について – NAVER まとめ

 

「御開帳」の善光寺にドローン落下 15歳少年が飛ばす:朝日新聞デジタルhttp://www.asahi.com/articles/ASH595CYRH59UOOB00G.html

 

この事件が起きた時に、ネット上の「出資者」たちが、決して安くはないドローンや配信のための資金を少年に「寄付」していた、という事実を、「どうしてそんなことをするやつがいるんだ?」と疑問に思った人も少なくはないのかもしれないが、これも「人間に金銭的出資をして、どうなるか見て楽しむ」という心理が作用しているのだと思う。

 

もっとひどい例で言うと…。
2013年7月に山口県の周南市で起きた、5人が殺害される殺人事件が起きた。↓

 

「つけびして 煙り喜ぶ 田舎者 かつを」

 

【つけびして煙り喜ぶ田舎者】山口 周南5人殺害 死刑判決【かつを】 – Togetterまとめ

 

山口連続殺人放火事件

 

娯楽のない田舎や、外界から閉ざされた学校や企業、組織などでは、「タコの足食い」に近いような「人間関係の共食い」状態が起きるが、これもまた、不毛ではあるけれど「人間が人間を観察して楽しむ」行為だ。

 

つまり、人間や人間関係というものは、ごく原始的でありながら、強力な娯楽になりうるのだ。
女子の群れが喫茶店やファミレスで、「人間関係の話題」でとめどなく話ができるのも、それに起因している、といえる。
近年のかなりのゲームがオンラインゲームにシフトしているのも同じだ。
機械のフローチャートで作った世界より「膨大な人間の作った人間模様」のほうがはるかに自然で恒久的な娯楽になりうる。

 

そもそもtwitterやLINEが、技術的サービスで言えば驚くほど原始的なものでありながら、これほどまでに伝播しているのも、同じ要因だと思う。

 

■ロボットはペットの代替物になれど、人間の代替物にはなら(なれ)ない

 

ロボットが人間の代替物になる(なれる)ことはないのではないか、と思う。
・技術的にむずかしい(=表情、受け答えパターン、総合的な人格等、いくらがんばってもクオリティが低いか、アラが目立ってしまう)
・そもそも需要がない(人は率先してロボットとコミュニケーションを取ろうと思ったり、ロボットに癒してもらおうとは思わない)
のだと思う。

 

もしそれが成立するとしたら、

 

・外界や他者への観察眼がすごく雑なユーザー
・容姿や肉体だけを求める、リアルドールのような性的な目的のもの

 

というような状況でしか成立しにくいと思う。

 

■「クオリティが高くなるにつれて却ってアラが目立つ」現象

 

このへんはゲームとかでも「昔はドット絵だったから詳細を想像しながらゲームをできたけど、フルポリゴンになって高画質になってくると、何をするシーンでもキャラが無表情だったり、夜になっても家の前で無言で突っ立ってる村人NPCがなんか気持ち悪い」という現象に似ている。

 

「現実」の「人間」の代替物として作れば作るほど、人々はその「アラ」に気づいてしまうと思う。

 

そしてそれを技術的に補おうとすると、果てしなく描画や思考のフローチャートの作業量が増え、ハードもそれを受け止められなくなるし、工期もコストも膨れ上がっていく。
そうしているうちに「人間」の値段のほうが安くなってくる…という逆転が生まれるのだ。

 

■「人間観察」エンターテイメントを見直すべき (市井の人々のドキュメント番組)

 

昔からあるにはあったけど、最近とみに「有名なわけでもない、市井の人々にインタビューするテレビ番組」が増えている気がする。

 

ドキュメント72時間 – NHK

 

あなたが主役 50ボイス – NHK

 

鶴瓶の家族に乾杯 – NHK

 

Youは何しに日本へ?:テレビ東京

 

世界ナゼそこに?日本人~知られざる波瀾万丈伝~:テレビ東京

 

世界で働くお父さん | テレビ東京

 

いずれも、決して有名な人ではない、そのへんにいそうな、駅や街ですれ違っていても何も思わないような市井(しせい)の人たちだ。

 

これらの番組は、ネット上にも数多く動画が上がっているので、

 

特に、ドキュメント72時間などは「??72小?」と検索すると、中国などでもけっこう見られていて、国を越えて共感されているのがわかる。
bilibili動画 タグ検索

 

■まとめ ?~雑踏や隣のお客に聞き耳を~

 

今回のことをいろいろ考えていても、やはり「人間こそがリアルでクオリティの高い娯楽」である気がする。
pepperのようなロボットと会話したりするくらいだったら、駅前やファミレス、ショッピングモールや雑踏に出かけて行って、周囲の人の会話に耳を傾けるほうが、はるかに飽きのこない娯楽になる気がする。

 

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■だいたいそんな感じ ~余談~

 

そういや僕が市井与一ってペンネームを思いついたのもこのへんのことが由来だった気がする。
(数字の1141をもじったものでもあるけれど)
ネットで多種多様な人たちの発言や創作や意見が数多く見られる中で、自分とその自我を主張することの意味がかなり希薄になってきたなあ、と思った時、「自意識で行動することの意味はあまりないから、この人間模様の観察者あるいは実況者になれないものか」と思ったのだった。
ついでに言うと、「-帰省- 」っていう小説のアプリを作った時も、「連作短編」で「普通の人たちの多様な人間模様」にしようと思ったのも、「ドキュメント72時間」の影響が大きい。
「-帰省- 」 無料版
ストーリー自体はさすがに全部フィクションだけれど、できるだけ「自分じゃない」人の物語にした。

 

ってこれは完全に余談。

kindleで「 帰省 -silent edition- 」を公開しました。

帰省 表紙 元素材 -サブタイトルA (2)

 

先日リリースした、音の出る小説集、サウンドトリップ「帰省」ですが、iPhone/iPadでのみの発売であるため、ユーザーでない方には触れる機会がないため、本文のみの電子書籍版を、amazonのKindleストアにてリリースしました。
Kindleの電子書籍は適切なタイミングで音声を再生できないので、「silent edition」と銘打ち公開しました。少しでも多くの人に作品の存在を知っていただけたらな、と思います。
本来はiPhone/iPadアプリのほうと同様、前半のストーリーは無料公開したかったのですが、amazonの仕様で、amazon限定公開でない作品は無料にすることができないため、0.99ドルでの公開になっています。ご了承ください。

 

– 帰省 -: 『田中幸太郎』 『高橋智子』 編
http://www.amazon.co.jp/dp/B00VQ89128/ref=cm_sw_r_tw_dp_N4Tivb105WR1S

– 帰省 -: 『黒田良徳』 『藍乃』 編
http://www.amazon.co.jp/dp/B00VQNYSJO/ref=cm_sw_r_tw_dp_D4Tivb17DESRG

– 帰省 -: 『高見清彦』 『愛沢雅江』 編
http://www.amazon.co.jp/dp/B00VQNYNSU/ref=cm_sw_r_tw_dp_H4Tivb1B09DQY

 

通常のiPhone/iPad版はこちらです。↓↓↓
– 帰省 – 無料版
https://t.co/GFQiSTUTN4
– 帰省 –
https://t.co/Moo3lsx8ro

音の出る小説集、サウンドトリップ「帰省」。リリースしました。

 

iTunesArtwork@2x

– 帰省 – 無料版
https://itunes.apple.com/us/app/id979954275
– 帰省 –
https://itunes.apple.com/us/app/id979961482

音の出る小説集、サウンドトリップ「帰省」。
バイノーラルやサラウンドの環境音とともに読む、臨場感あふれる短篇集です。
ひょっとしたら、「読むラジオドラマ」と思われる方もおられるかもしれません。
年齢も性別も場所も違う六人の登場人物が、さまざまな人生の瞬間、今、どこかに行こうとしています。
■田中幸太郎(31)……@JR東海道本線 電車内
■高橋智子(36)………@中央自動車道
■黒田良徳(28)………@太平洋上空 3万6000フィート
■『藍乃』(22)………@東名高速道路
■高見清彦(60)………@大阪湾 湾内
■愛沢雅江(41)………@群馬県太田市
お使いのヘッドフォンやイヤフォン、あるいは外付けのスピーカーとともに、
『ここではないどこか』で起きる、六者六様の人間模様をご覧ください。
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この作品について
■無料版と有料版の違い
『高見清彦』編と『愛沢雅江』編の二つのストーリーだけは、有料版でのみ、お読みいただけます。
またサウンドプレーヤー機能も、無料版では一部制限されています、
■サウンドプレーヤー機能も収録
作品内で使われたバイノーラル録音やサラウンドの自然音・生活音を、作品を読み終わった後も、
音声だけ楽しんでいただくことができます。
テーマ曲である「埴生の宿」のアンビエントバージョンも、こちらのサウンドプレーヤーでお聴きいただけます。
■これからの電子書籍のあたらしい表現方法として
高性能な電子書籍端末で小説やライトノベルなどを読んでいく上で、音声による臨場感の演出は、
新しいジャンルとして成立していくのではないでしょうか。
その一つの提案として、一読いただけると幸いです。

– 帰省 – 無料版
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